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ピリピ3:1~9

Discipleship Journal Reading Planに沿ってデーボションを勧め、思ったこと、感じたことを書いてみた。

'あの犬どもに注意しなさい。よこしまな働き手たちに気をつけなさい。切り傷にすぎない割礼を持つ者たちを警戒しなさい。 ' フィリピの信徒への手紙 3:2

エペソ教会にいたユダヤ人は、キリストを信じること以外に律法を守る必要性を強調していた。特に割礼を重要視していて、「神の民」であるならばその印である割礼を受けなければならないと教えていた。同じ神を畏れ敬っていても、キリストが律法を成就し、新たな契約を提供していることを理解し受け入れていない状況によって、不必要なルールや風習を取り入れ守ることに必死になってしまった。まさにイスラエルがアッシリアに制覇された理由と似たような状況。

'このように彼らは主を畏れ敬うとともに、移される前にいた国々の風習に従って自分たちの神々にも仕えた。 ' 列王記下 17:33

イスラエルはカナンの地に元々あった風習を取り入れていくうちに、神を畏れ敬うことをしなくなってしまったために、契約に基づいて神はカナンの地をイスラエルから取り上げた。今日の教会でも宗教改革時代からの風習を取り入れ、それを守り通すことに注力してしまう場合がある。その結果、オンラインの可能性を無視して排除し、制約を重んじるあまりに隣人を愛するのではなく罰することに情熱を注いでしまう。風習を守る前に、キリストが教えたことは何なのかを考えたい。

'そればかりか、わたしの主キリスト・イエスを知ることのあまりのすばらしさに、今では他の一切を損失とみています。キリストのゆえに、わたしはすべてを失いましたが、それらを塵あくたと見なしています。キリストを得、 キリストの内にいる者と認められるためです。わたしには、律法から生じる自分の義ではなく、キリストへの信仰による義、信仰に基づいて神から与えられる義があります。 ' フィリピの信徒への手紙 3:8-9

まずはキリストを知ることの素晴らしさを理解し、それ以外のことを「損失」と捉えること。ルールや風習は「塵あくた」。キリストの内にいる者(クリスチャン)はキリストを得たことによって大きな価値を持ち、価値ある者として扱われなければならない。ルールや風習を守っているかのチェック対象でなく、一人の人として見ていきたい。

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