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エペソ6:1~9

Discipleship Journal Reading Planに沿ってデーボションを勧め、思ったこと、感じたことを書いてみた。

子供たち、主に結ばれている者として両親に従いなさい。それは正しいことです。 父親たち、子供を怒らせてはなりません。主がしつけ諭されるように、育てなさい。 エフェソの信徒への手紙 6:1‭, ‬4 新共同訳

子供は両親に従い、両親は子供を怒らせず、諭されるように育てる。子供が従うためには親が正しく育てる必要がある。

怒らせる=parorgizo=挑発して怒るように仕向ける、常にまとわりついて苛立たせる。

ガミガミ言うことや、子供の人権を傷つける言葉、必要以上の体罰などが考えられる。

しつけ=paideia=訓練や教育、指導、懲らしめ、矯正
諭される=nouthesia=警告、諭し、助言

怒らせてはならないが、しつけはすべき。言葉が通じない小さい頃は懲らしめ(お尻を叩く)ことも必要。paideiaのような親からの一方的な指導は必要だし、nouthesiaのように助言をして子供に判断させる場面も必要。

奴隷たち、キリストに従うように、恐れおののき、真心を込めて、肉による主人に従いなさい。 主人たち、同じように奴隷を扱いなさい。彼らを脅すのはやめなさい。あなたがたも知っているとおり、彼らにもあなたがたにも同じ主人が天におられ、人を分け隔てなさらないのです。 エフェソの信徒への手紙 6:5‭, ‬9 新共同訳

奴隷と主人の関係も双方の歩み寄りが必要。奴隷は従い、主人は脅さない。立場は違ってもどちらも人であって、どちらも神の権威の下にある。どちらも天に主人がいて、天の主人に従うことが最終目的。

主人への指示はリーダーの立場にいる人にも当てはまる。脅して従わせ、権力で人々を黙らせる。批判を受け入れず、自分たちだけの考えだけで押し進む。このようなリーダーシップには限界があるし、そもそも人としての尊厳を無視している。

あなたがたのうちにいる、神の羊の群れを牧しなさい。強制されてではなく、神に従って自発的に、また卑しい利得を求めてではなく、心を込めて世話しなさい。割り当てられている人たちを支配するのではなく、むしろ群れ模範となりなさい。

1ペテロ5:2~3

教会のリーダーに対しての指示ではあるが、主人の立場にいる世の中の人にも当てはまる。「神に従って自発的に」部下や同僚を世話する。「卑しい利得を求めてではなく」、自分が評価されるのを求めるのではなく、部下や同僚が成長でき、評価され、キャリアを進められるように手助けする。支配ではなく模範となる。こういうリーダーには自然と従いたくなる。

人にではなく主に仕えるように、喜んで仕えなさい。 あなたがたも知っているとおり、奴隷であっても自由な身分の者であっても、善いことを行えば、だれでも主から報いを受けるのです。 エフェソの信徒への手紙 6:7‭-‬8 新共同訳

リーダーが駄目でも、人ではなく主に仕える。教会においては、キリスト者はキリストに仕えている。教会(人)でなければそのリーダーでもない。キリストに仕え、「善いことを行えば、だれでも主から報いを受ける」。主からの報い=主に満たされることに期待したい。

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