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エペソ5:22-33

Discipleship Journal Reading Planに沿ってデーボションを勧め、思ったこと、感じたことを書いてみた。

'また、教会がキリストに仕えるように、妻もすべての面で夫に仕えるべきです。 ' エフェソの信徒への手紙 5:24

教会はキリストに仕えている。この箇所で「教会」=ekklesias=ekklesiaの複数形。つまり、教会はいくつもあるが、どれもキリストに仕えている。教団でなければ、その教団を治める人達でもない。教会はキリストに仕えている。キリストが何を教えたか、何を求めているか理解し、教会で行われていることがキリストの教えに沿っているか吟味する。キリストは神を愛し、隣人を愛せよと教えた(マタイ22:36-40)。キリストは全ての国民を弟子とし、バプテスマを授け、キリストが教えた事を教える様に命じた (マタイ28:16-20)。礼拝することが全てではないし、人道的な働きをして隣人を助けるのも全てではない。どちらもキリストの弟子として生きるのに欠かせない。

'夫たちよ、キリストが教会を愛し、教会のために御自分をお与えになったように、妻を愛しなさい。 キリストがそうなさったのは、言葉を伴う水の洗いによって、教会を清めて聖なるものとし、 しみやしわやそのたぐいのものは何一つない、聖なる、汚れのない、栄光に輝く教会を御自分の前に立たせるためでした。 ' エフェソの信徒への手紙 5:25-27

キリストは教会(=キリスト者)を神のために取り分け(=聖なるものとし)た。そのために御自分が十字架にかかって罪の代価を支払った。キリスト者はこれを外見的に表すために水を用いて洗礼を受ける、と同時に聖霊によって清くされていく(聖化)。この事実を伝達するのは言葉=聖書。聖書を読んで聖霊に聖化されることによって、キリストの前に「聖なる、汚れのない、栄光に輝く教会」となることができる。

'わが身を憎んだ者は一人もおらず、かえって、キリストが教会になさったように、わが身を養い、いたわるものです。 ' エフェソの信徒への手紙 5:29

キリストは教会(=キリスト者)の頭で、教会はキリストの体。キリストは体(教会)を養い、いたわる。キリストに養ってもらうにはキリストに注目しなければならない。自分たちが正しい方向だと思いこんで進む、もしくは伝統を守る、ということではマルタのように自分のことで精一杯になること(ルカ10:38-42)。マリアのようにイエスの足元で学びたい。

'「それゆえ、人は父と母を離れてその妻と結ばれ、二人は一体となる。」 この神秘は偉大です。わたしは、キリストと教会について述べているのです。 ' エフェソの信徒への手紙 5:31-32

夫婦が一体となる、という神秘があるように、キリストと教会も一体である。キリストの教えと戒めに従っていない教会はキリストと一体と言えるのだろうか?キリストと一体となっていない教会は教会なのだろうか?

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