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Obadiah

オバデア

オバデアは586 BCのエルサレムの崩壊後に書かれていて、2つの部分に分かれている。1〜16節では、エドムに対して裁きのことばが書かれている。エドムは死海の南東に住んでいたエサウの子孫だった。17〜21節では、イスラエルの救いと、最終的な神の国の建国が記されている。オバデアのメインテーマは、虐げられている神の民を励まし、神が宇宙の義なる支配者であることを示すことだと考えられる。悪人は裁かれ、義なる裁判官が全地上を支配し、全ての神の民が永遠と安全に暮らせる日が来る。

2〜16節

エドムが滅ぼされる理由は一点に限る。プライド。プライドによってエドムは全ての人の上をいくワシのように安全だと考えていた。しかし神はこういう、「わたしはそこからあなたを引きおろす」。しかも、エドムは強盗やぶどうを集める人のように何かを残す形で滅ぼされるのではなく、神によって完全に滅ぼされる (5節)。また、エドムは周りの同盟だった国々に裏切られ、逃げ場も失っていることに気づいていない (7節)。エドムの首都であったテマンは多くの知性と軍事力を備えていたが、神はそれをものともせずプライドをつぶし、知性と力のあるものを共に裁く (8-9節)。

プライドに陥っている人は、自分を他人より良く見せるために常に機会を狙っている。自分を正当化する機会や、他人を否定して自分より低くする機会。これは国であっても、教会組織であっても、大人でも子供でも皆同じことが言える。神の恵みなしでは、他人の失敗で常に喜びを得ている。自分たちの弱さを横に置き、成功を最大限に称える。エドムはユダの滅びを喜び、傍観し、嘲笑い、略奪し、逃げ遅れた人々を切り捨てた (10-14節)。

そしてオバデアは「主の日」ということばを使ってエドムの滅びを宣言する (15-16節)。これは神が必ず裁きを執行することを指しているが、同時に未来に来る、全ての不義が正される、全人類が体験する主の日のことも指している。

17~21節

後半でオバデアは、主の日にユダの人たちに希望があると告げている。ユダは不信仰によって捕虜となってしまったが、神の裁きを逃れ滅ぼされなかった人々の中には、神に立ち返り、神の慈悲深さに頼った人たちもいたと考えられる。この人たちはやがて約束の地に戻り、イスラエルの復興に取り掛かることになる。

今日において神の民はこの残されたユダヤ人ではなく、キリストに信頼を置く者全てが神の民とされている。「ユダヤ人もギリシャ人もなく・・・あなたはみな、キリスト・イエスにあって一つだからです。あなたがたがキリストのものであれば、アブラハムの子孫であり、約束による相続人なのです」(ガラテヤ3:28-29)。この神の民はオバデアが想像したよりはるかに多い数の人だが、それだけでなく約束の土地もさらに大きい。パレスチナの土地だけでなく、ローマ4:13によると、アブラハムの子孫は全世界を相続すると書いてある。「そして王国は主のものとなる。」

オバデアを私たちに当てはめると

  1. 神は今でも全世界を支配しており、国々と歴史を思いのままに動かしている。
  2. プライドは私たちを欺く (3節)。プライドは、私たちは独立していて、自己充足であり、無敵だと思わせてしまう。プライドに陥る人は欺きを持って考えたり感じたりするようになってしまう。プライドは歪んだ思いと人生観を持たせてしまう。
  3. 神はプライドを嫌い、プライドのある人を高いところから引き下ろす (4節)。
  4. プライドのある国々や人々は蒔いた種を刈り取る (15節)。プライドに身を任せ、神を忘れてしまうと、主の日においても独立したままになってしまう。神の恵みに頼ることはできなくなってしまう。
  5. 神は裁きから逃れる道を与えて下さっている (17節)。プライドから逃れ、聖なるへりくだりによって、主の日に安全を得ることができる。
上記はジョン・パイパーが提供する記事を引用している。
https://www.desiringgod.org/messages/eagle-edom-will-come-down

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