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1ペテロ4:1-11

Discipleship Journal Reading Planに沿ってデーボションを勧め、思ったこと、感じたことを書いてみた

4 今はあなたがたが、そうした度を過ごした乱行に加わらないので、彼らは驚きあやしみ、かつ、ののしっている。5 彼らは、やがて生ける者と死ねる者とをさばくかたに、申し開きをしなくてはならない。6 死人にさえ福音が宣べ伝えられたのは、彼らは肉においては人間としてさばきを受けるが、霊においては神に従って生きるようになるためである。

「死人にさえ福音が宣べ伝えられた」とはどういう意味なのだろうか? 死人に福音を伝えることはできるのだろうか?「霊においては神に従って生きるようになる」ということは、死んだ後でも福音を信じるチャンスが与えられる、ということなのだろうか?

仮に死んだ後でも福音を信じるチャンスがあると仮定しよう。この箇所の流れとしては、「ののしっている」(4節) 人たちに対してやがて裁きが下る (5節)。その裁きが下った人たちに福音が伝えられ、神に従って生きるようになる。この話の流れはおかしくないか?ののしっている人に対して裁きが下るのに、その人達に神に従うチャンスが与えられるのか?神に立ち返るチャンスは生きているうちにあるのに、それをないがしろにした人たちに対して裁きが無いのは神の義に反していないだろうか?

この箇所の自然な流れからすると、クリスチャンに対して2つの励ましのメッセージが伝えられているように思える。

一つは分かりやすいが、私達をののしっている人たちにたいして、神の裁きが下る。クリスチャンとして私達は以前の生き方のように乱行に加わらない。この世に調子をあわせない。神を第一とする生き方をする。なので世の中は私達の行動に驚きあやしみ、危険な存在だとののしる。やがてこの人達も死ぬときがくるのだが、その時に神はこの人達を裁く。私達はこの世で何度も不当な扱いを受けるが、神の裁きは全てを明らかにし、全てを正して下さる。

もう一つの励ましのメッセージは、クリスチャンが神に従って生きるようになること。6節はののしる人たちに福音が宣べ伝えられるのではなく、生きている間に福音のメッセージを受け入れ、神に従うと決めたクリスチャンのことを指している。そのクリスチャンは人間の「さばき」を受けて投獄され、処刑されたかもしれない。しかし、福音を受け入れたクリスチャンは霊において神に従って永遠に生きるようになる。この世において肉の「さばき」を受けるかもしれないが、この世と肉体を超えて神は私達を生かして下さる。

上記の内容はジョン・パイパーが提供しているLook At The Bookシリーズを引用している。
https://www.desiringgod.org/labs/is-there-any-hope-for-the-dead

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