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2テモテ4

Discipleship Journal Reading Planに沿ってデーボションを勧め、思ったこと、感じたことを書いてみた。

'御言葉を宣べ伝えなさい。折が良くても悪くても励みなさい。とがめ、戒め、励ましなさい。忍耐強く、十分に教えるのです。 だれも健全な教えを聞こうとしない時が来ます。そのとき、人々は自分に都合の良いことを聞こうと、好き勝手に教師たちを寄せ集め、 真理から耳を背け、作り話の方にそれて行くようになります。 しかしあなたは、どんな場合にも身を慎み、苦しみを耐え忍び、福音宣教者の仕事に励み、自分の務めを果たしなさい。 わたし自身は、既にいけにえとして献げられています。世を去る時が近づきました。 わたしは、戦いを立派に戦い抜き、決められた道を走りとおし、信仰を守り抜きました。 今や、義の栄冠を受けるばかりです。正しい審判者である主が、かの日にそれをわたしに授けてくださるのです。しかし、わたしだけでなく、主が来られるのをひたすら待ち望む人には、だれにでも授けてくださいます。 ' テモテへの手紙二 4:2-8

何をすべきか

みことばを宣べ伝える。パウロはまずこれをテモテに対して進める。イエスの大宣教命令があるので当然のことだろう。これは福音を伝えるのはもちろんだが、聖書全体がみことばなので、聖書全体を宣べ伝えることでもある。「とがめ、戒め、励ましなさい。忍耐強く、十分に教える」みことばを語ることによって心が痛むことがあるかも知れない。すべてが励ましではない。それでもみことばを語ることを辞めず、忍耐強く、理解し受け入れるまで語り続けることが重要。

取り巻く環境

「折が良くても悪くても」みことばを伝えることの逆風があるのもまた当然のことである。国の政策だったり、職場のルールであったり、または宗教的リーダーの思惑によって、みことばを学んだり語ることを止める動きは多くある。「健全な教えを聞こうとしない時」はまさに今ある。これまでの伝統を守ることを重視しすぎるがため、聖書の教えを無視することが起きている。「好き勝手に教師たちを寄せ集め、真理から耳を背け、作り話の方にそれて行く」多くの人が同じ方向を向いていると、人は同じ方向を向こうと必死になる。「守ってきた」ことが大事であるがゆえに、同じ考えを持つ人と組んで、違う考えを持つ人を締め出す。このような環境下でみことばを語らなければならない。

どのように進めていくか

「どんな場合にも身を慎み、苦しみを耐え忍び、福音宣教者の仕事に励み、自分の務めを果たしなさい」「身を慎む」=nepho=心に余裕を持つ、明確な判断力、節制、自制。どんなに環境が悪くても、聖書に思いを巡らして、しっかりとみことばの上に立つようにする。宗教的リーダーが間違ったことを教えても、聖書から正すことができるように準備しておく。仲間がいないことから苦しむかもしれないがそれを耐え忍び、福音宣教の仕事に励む。福音宣教はキリスト者全員の仕事であり、牧師や宣教師や伝道師だけがやっていれば良いことではない。福音宣教はキリスト者の勤めなので、それを果たさなければならない。

結果

この世においてマイナス面の結果はある。「いけにえとして献げられ」「世を去る時が近づきました」パウロにとっては国家によって福音のために処刑される次期が近づいていた。全く同じではないが、これまで「仲間」だと思っていた人たちから切り離され、排除されることはある。正しいことをすれば迫害は受ける (2テモテ3:12)。しかし、良い面としては「正しい審判者である主」から「義の栄冠を受ける」。神は必ず正しい判決を下し、報いと罰を正しく与える。報いの一つである「義の栄冠」とは何か?

報酬は、神の霊によってパウロにもたらされた義が評価されたもので、冠は義人のために用意されていますが、それは義からなる冠です。義はそれ自身が報酬となります(黙示録 22:11)。出エジプト記39:30と比較してください。人は、キリストの功績によって無償で義とされ、そのように義とされたとき、神はその人の行いを受け入れ、その人に与えられるべきものではなく、恵みによって与えられる報酬をもって、その人を讃えるのです。「神の人間に対する善意は非常に大きいので、人間の行いは神自身の贈り物にすぎないが、功徳となることを望んでおられる」[教皇セレスティヌス1世『書簡集』12]。

Jamieson-Fausset-Brown Bible Commentary

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