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2テモテ1:8~18

Discipleship Journal Reading Planに沿ってデーボションを勧め、思ったこと、感じたことを書いてみた。

神は、おくびょうの霊ではなく、力と愛と思慮分別の霊をわたしたちにくださったのです。 テモテへの手紙二 1:7 新共同訳

キリスト者に与えられている聖霊はおくびょうの霊ではない。世の中の人は、真剣に神を礼拝し、信仰を保つキリスト者をあざ笑う。しかし、私達は真理を知り受け入れているので、自信を持って信じていることを宣言することができる。イエス・キリストは人の罪のために死んで蘇ったことは真実である (1テサ4:14, 2コリ5:14-15, 2テモテ1:10)。なので信仰に関して誰とも妥協する必要はないし、神を優先した力強い生き方をすることができる。同時に、希望について説明できるように準備しておく必要がある (1ペテロ3:15)。また、不必要なルールよりも隣人を愛ることができるように、聖書を通してイエスが教えていることを理解しておかなければならない。

この福音のために、わたしは宣教者、使徒、教師に任命されました。 そのために、わたしはこのように苦しみを受けているのですが、それを恥じていません。というのは、わたしは自分が信頼している方を知っており、わたしにゆだねられているものを、その方がかの日まで守ることがおできになると確信しているからです。 テモテへの手紙二 1:11‭-‬12 新共同訳

パウロは宣教者、使徒、教師として任命され、それが理由で苦しみを受けていると書いている。信心深く生きようとするキリスト者も迫害を受ける (2テモテ3:12)。逆に、迫害を受けていないなら信心深く生きているか吟味しなければならない。パウロが神を信頼したほどに私達も神を信頼しているか。迫害を受けるほど証するクリスチャン人生を送っているか。神に委ねられている福音を述べ伝え、神の御国に貢献しているか。これらはキリストが成してくださった事に自信を持つことから始まる。

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