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Thessalonians

2テサロニケ1:8~12

Discipleship Journal Reading Planに沿ってデーボションを勧め、思ったこと、感じたことを書いてみた。

主イエスは、燃え盛る火の中を来られます。そして神を認めない者や、わたしたちの主イエスの福音に聞き従わない者に、罰をお与えになります。 彼らは、主の面前から退けられ、その栄光に輝く力から切り離されて、永遠の破滅という刑罰を受けるでしょう。 テサロニケの信徒への手紙二 1:8‭-‬9 新共同訳

最近あまり語られなくなったが、神を認めない者や福音に聞き従わない者は罰を受ける。神から切り離されて、永遠の破滅の罰を受ける。だから私達はキリストと福音を伝えている。自分たちの家族や友人、愛する人が一人も破滅の罰を受けなくて良いように、神を認めるように説得する。

かの日、主が来られるとき、主は御自分の聖なる者たちの間であがめられ、また、すべて信じる者たちの間でほめたたえられるのです。それは、あなたがたがわたしたちのもたらした証しを信じたからです。 テサロニケの信徒への手紙二 1:10 新共同訳

「主の日」=キリストの再臨の時、神を認めている人たちも、認めていない人たちも、神を認めざるを得なくなる。実際にその場にいて、栄光が表になるから。また、キリスト者にとって何に焦点を当てるべきか考えさせる。礼拝の式典での言葉遣いなのか?人が制定したルールに基づいているかなのか?そうでなく、「信じる者たちの間で(神が)ほめたたえられる」こと。「礼拝」という限定的な場ではなく、キリスト者がいるいかなる場所でキリストがあがめられること。

このことのためにも、いつもあなたがたのために祈っています。どうか、わたしたちの神が、あなたがたを招きにふさわしいものとしてくださり、また、その御力で、善を求めるあらゆる願いと信仰の働きを成就させてくださるように。 それは、わたしたちの神と主イエス・キリストの恵みによって、わたしたちの主イエスの名があなたがたの間であがめられ、あなたがたも主によって誉れを受けるようになるためです。 テサロニケの信徒への手紙二 1:11‭-‬12 新共同訳

キリスト者としての本当のゴールは「日曜日の朝に教会で式典をもって礼拝する礼拝者となる」ことではない。「招きにふさわしいもの」となること。「善を求めるあらゆる願いと信仰の働きを成就させてくださる」こと。つまり、日曜礼拝を「守って」いるだけではキリスト者としてのゴールは達成していない。聖霊の聖化の働きにより、信仰を完璧なものにして下さること。これがゴールで、結果的に起きることは「あなたがたの間で」イエスがあがめられ、キリスト者もキリストと並ぶことにより「主によって誉れを受ける」。

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