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ピリピ3:15~21

Discipleship Journal Reading Planに沿ってデーボションを勧め、思ったこと、感じたことを書いてみた。

だから、わたしたちの中で完全な者はだれでも、このように考えるべきです。しかし、あなたがたに何か別の考えがあるなら、神はそのことをも明らかにしてくださいます。 いずれにせよ、わたしたちは到達したところに基づいて進むべきです。 フィリピの信徒への手紙 3:15‭-‬16 新共同訳

「このように考えるべきです」

「このように」というのは14節にまとめっている。「キリスト・イエスにあって神が上に召してくださるという、その賞をいただくために、目標を目指して走っている」。常に成長し続けることがキリスト者のあり方。そのためには日々の神との関係が不可欠で、それを養うために聖書を読み、内容を精査し、祈りを通して神と対話をする。また、他のクリスチャンと礼拝し、祈り、聖書を語り合うことも重要。礼拝においては式典の完璧さよりも、心を合わせられる礼拝を模索する。祈りにおいては決められた内容をやっつけるよりも、互いの心の内を分かち合い、心が通った祈りをする。聖書を語り合うときは人の書いた解説をベースにするよりも、聖書を共に読んで理解と適用を分かち合う。これが本当のkoinonia(交わり)。

「何か別の考えがあるなら、神はそのことも明らかにしてくださいます」

「別の考え」というのはキリストを「目標として走る」ことをする必要のない、という考え。「過去に聖書の学びをした」「信仰問答を学んだから基礎ができている」「説教でみことばが語られている」。こういったおごりによって、自分たちはすでに到達した、自分たちは大丈夫だ、という考えが満足感を生み、過去への栄光にプライドを持ち、これに到達していない人たちを批判するようになる。結果として、「到達した」という幻想を人々に与えてしまい、成長を阻害してしまう。こんな危機的状況であっても、「神はそのことも明らかにして」下さり、神がそれを正して下さる。人の言葉で説得するのには限界があるが、神が成すことは絶対なのでそれに期待したい。

「到達したところに基づいて進む」

キリスト者はイエスの十字架によって罪を赦された。信じることによって滅びから救われ、天国とキリストを相続した。聖霊を与えられる事によって聖なる者として変えられていくプロセスに乗せられた。現代においては完成された聖書が与えられていて、神のことを知る方法が与えられている。また、キリストが仲裁者であるため父なる神との親密な関係があり、「アバ・父」と呼ぶことができる。ここに到達していることに立ち返りつつ、前に進んで行きたい。

何度も言ってきたし、今また涙ながらに言いますが、キリストの十字架に敵対して歩んでいる者が多いのです。 彼らの行き着くところは滅びです。彼らは腹を神とし、恥ずべきものを誇りとし、この世のことしか考えていません。 フィリピの信徒への手紙 3:18‭-‬19 新共同訳

「キリストの十字架に敵対して歩んでいる者」は、キリストを否定する人だけとは限らない。キリストを信じていると言いながらキリストの教えに従っていない人も「敵」とみなされる(マタイ7:21-23)。キリストは大宣教命令によってキリストの教えを守る弟子を増やすように指示している。しかし、キリスト者の成長を阻害すると神との関係を深めること、聖書の理解を深めることがおろそかになり、イエスの教えよりも人の教えを守るようになる。結果的にキリストの教えに従わない人たちとなってしまう。キリストの「敵」とみなされないように常に吟味しなければならない(ヤコブ3:1)。

キリストは、万物を支配下に置くことさえできる力によって、わたしたちの卑しい体を、御自分の栄光ある体と同じ形に変えてくださるのです。 フィリピの信徒への手紙 3:21 新共同訳

キリストには力がある。被造物すべてを支配下に置くことができるし、私達の体や心を支配することもできる。キリストの支配に委ねれば、キリストは「光ある体と同じ形に変えてくださる」。キリストに委ねていきたい。

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