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Ephesians

エペソ2:11~22

Discipleship Journal Reading Planに沿ってデーボションを勧め、思ったこと、感じたことを書いてみた。

12 また、そのころは、キリストとかかわりなく、イスラエルの民に属さず、約束を含む契約と関係なく、この世の中で希望を持たず、神を知らずに生きていました。 しかしあなたがたは、以前は遠く離れていたが、今や、キリスト・イエスにおいて、キリストの血によって近い者となったのです。

私達は異邦人として、神を知ることも、キリストと関わることも、神の民の属すこともなかった。全く無関係の人たちで、罪によって滅びるしかなかった。しかし、イエスが全人類の罪のために十字架にて罪の罰を受けたことによって、異邦人である私達も神と関係を持つことができた。隣人と接するとき、この前提を忘れてはならない。信仰や宗教を盾に他人を排除するのではなく、イエスがしたように、その人の立場や言葉を理解する時間を取る必要がある。

14 実に、キリストはわたしたちの平和であります。二つのものを一つにし、御自分の肉において敵意という隔ての壁を取り壊し、 規則と戒律ずくめの律法を廃棄されました。こうしてキリストは、双方を御自分において一人の新しい人に造り上げて平和を実現し、 十字架を通して、両者を一つの体として神と和解させ、十字架によって敵意を滅ぼされました。

イスラエルに課せられた規制や規律は廃棄された。安息日や十一献金、十戒もイエスを基準に考えなければならない。まずイエスが示した2つに限る。

『心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。』 これが最も重要な第一の掟である。 第二も、これと同じように重要である。『隣人を自分のように愛しなさい。』 

マタイ22:37‭-‬39

不必要なルールを作って人を縛り付けるのはキリストの求めることではない。「祈る時、このような言葉を使わなければならない」「礼拝奉仕をする時、事前に完璧に準備をして、礼拝中は完璧な動きをしなければならない」「奉仕するのであれば車が故障しても、雪の中を歩いてでも参加すべき」「聖書の朗読はクセをなくして、NHKアナウンサーのようにすべき」 これらはキリストの教えが基準になっているだろうか?

18 それで、このキリストによってわたしたち両方の者が一つの霊に結ばれて、御父に近づくことができるのです。

キリスト者は神に直接対話でき、神に近づく事ができる。聖書を読んで、聖霊の助けによって理解することができる。神学校に行く必要もないし、牧師・長老だけに頼る必要もない。

さて、わたしたちには、もろもろの天を通過された偉大な大祭司、神の子イエスが与えられているのですから、わたしたちの公に言い表している信仰をしっかり保とうではありませんか。 この大祭司は、わたしたちの弱さに同情できない方ではなく、罪を犯されなかったが、あらゆる点において、わたしたちと同様に試練に遭われたのです。 だから、憐れみを受け、恵みにあずかって、時宜にかなった助けをいただくために、大胆に恵みの座に近づこうではありませんか。

ヘブライ4:14‭-‬16
19 従って、あなたがたはもはや、外国人でも寄留者でもなく、聖なる民に属する者、神の家族であり、 使徒や預言者という土台の上に建てられています。そのかなめ石はキリスト・イエス御自身であり、 キリストにおいて、この建物全体は組み合わされて成長し、主における聖なる神殿となります。 キリストにおいて、あなたがたも共に建てられ、霊の働きによって神の住まいとなるのです。

キリスト者は皆「神の家族」。地上においては日本人、アメリカ人、中国人、韓国人ではあっても、キリスト者は「聖なる民に属する者」。従って、意見や話を聞く際に、その人の背景や人種で差別するのではなく、意見そのものをしっかりと理解して受け止める必要がある。

この「神の家族」は「使徒や預言者」が神について伝えてきたこと(今は聖書にまとまっている)を土台にしているが、要石はイエスであることを忘れてはならない。イエスの教えを理解し、イエスに従うことによって、「神の家族」が一つになることができる。その内に聖霊が働き、成長と共に福音を述べ伝える原動力になる。

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