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1ペテロ1:1-9

Discipleship Journal Reading Planに沿ってデーボションを勧め、思ったこと、感じたことを書いてみた

2 すなわち、イエス・キリストに従い、かつ、その血のそそぎを受けるために、父なる神の予知されたところによって選ばれ、御霊のきよめにあずかっている人たちへ。恵みと平安とが、あなたがたに豊かに加わるように。

神はこの世が始まる前から私たちを選んでくださり (Unconditional Election = 無条件的選び)、選ばれた私たちがキリストの「血のそそぎを受ける」(Limited Atonement = 限定的贖罪)。神に選ばれ、イエスの十字架の犠牲によって、私たちの罪は赦され、神の子とされた。ゆえに「御霊のきよめにあずかっている」。キリストのようになるべく、私たちは日々聖霊に変えられている。

3 ほむべきかな、わたしたちの主イエス・キリストの父なる神。神は、その豊かなあわれみにより、イエス・キリストを死人の中からよみがえらせ、それにより、わたしたちを新たに生れさせて生ける望みをいだかせ、4 あなたがたのために天にたくわえてある、朽ちず汚れず、しぼむことのない資産を受け継ぐ者として下さったのである。

イエスをよみがえらせた神が、私たちもよみがえらせた。アダムの罪のため、私たちは罪の影響を受けた状態で生まれてくる。これはどうしようもない状態で、誰もこの状態から逃れることはできない。私たちは死んだものとみなされていた。しかし、神の子であるイエスは人として罪の代価を支払って下さったので、私たちは罪がない者とみなされた。死んだ状態から生きた状態へと変えられている。

5 あなたがたは、終りの時に啓示さるべき救にあずかるために、信仰により神の御力に守られているのである。

神が与えて下さったこの救いは、「終わりの時」まで守られている (Perseverance of the Sants = 聖徒の堅忍)。神が選び、信仰と救いに導いた人は、最後まで信仰に立ち続ける。それを可能にするのは「神の御力」。どんなことがあっても神は信仰を持ち続けるようにして下さる。私たちが神から逃れようとも、信仰を捨てようとしても、神は私たちの心に語りかけ、信仰を持ち続けるようにして下さる。それほどまで神は私たちのことを愛してくださり、真の喜びの道へ導いて下さる。

6 そのことを思って、今しばらくのあいだは、さまざまな試錬で悩まねばならないかも知れないが、あなたがたは大いに喜んでいる。7 こうして、あなたがたの信仰はためされて、火で精錬されても朽ちる外はない金よりもはるかに尊いことが明らかにされ、イエス・キリストの現れるとき、さんびと栄光とほまれとに変るであろう。

試練は信仰をためす。それは火の中に投げ込まれるようだが、最終的に朽ちないものだけが残る。神に与えられた使命、聖書を通して教えられた真理、イエスに教えられた隣人愛。これらのように、イエス・キリストに対する「賛美とほまれ」につながるものが、試練を耐え抜く朽ちないもの。

8 あなたがたは、イエス・キリストを見たことはないが、彼を愛している。現在、見てはいけないけれども、信じて、言葉につくせない、輝きにみちた喜びにあふれている。9 それは、信仰の結果なるたましいの救を得ているからである。

「輝きにみちた喜び」はどこからくるのか?「信仰の結果なるたましいの救い」から得られている。救いによって私たちはキリストの光を放つ。この輝きと喜びによって、周りの人たちは私たちを通してキリストを体験することができる。この体験が周りの人たちを神に導くきっかけとなる。クリスチャンだけで集まって「礼拝」をしているだけではこれができない。世の中でキリストの代表として生きることが、「たましいの救いを得る」ことにつながる。

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