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女性長老について

長老の定義

女性が長老になれるかの議論をする前に、まず「長老」という教会での役割を確認する必要がある。

  1. 長老は教会を治め、教える役割がある(1テモテ3:2,5:17)
  2. 長老は健全な教えをもって教会を励まし、反対する人を戒める役割がある(テトス1:9)

長老は教会の指導者であり、聖書から真理を見出し、それを教会の公式な見解として教会に教えていく責務がある。その真理が常に健全であるように、聖書と照らし合わせて必要に応じて理解を修正していく必要もある。この真理を教えるにあたって、教会を励ますことを第一に考えること。教会を縛るのではなく、聖書の真理として伝えたうえで、真理に従うよう励ましを通して促すことが重要。促すのであれば、長老自身が真理に立って生きていることを見せる必要がある。そして、長老は聖書の真理に反する異端的な教えや言動に対して反論し、真理に引き戻す役割がある。

ちなみに、「執事」は長老と違い、教えることも収めることも求められていない。そういう意味では、「女性は長老になれるか」、の議論は「女性は執事になれるか」、の議論と異なる。

女性は長老になれるか?

女性が長老になれるかについて、1テモテ2:11-14が言及している。

11 女は、よく従う心をもって静かに学びなさい。12 私は、女が教えたり男を支配したりすることを許しません。むしろ、静かにしていなさい。13 アダムが初めに造られ、それからエバが造られたからです。14 そして、アダムはだまされませんでしたが、女はだまされて過ちを犯したのです。”

テモテへの手紙第一 2: 11-14

1.神の創造の業とこの世のあるべき順序を表すのが、13節にある「アダムが初めに造られ、それからエバが造られた」ことである。つまり、アダム(男性)が先に造られたため、家族において、また教会において男性が支配すべきことを指している。「支配」と言うと聞こえは悪いが、聖書における「支配」は「サーバントリーダー」という言葉でまとめることができ、イエス・キリストが最も良い例の「支配者」である。教会を「支配」するのは長老なので、あるべき順序の観点から、男性でないと長老の役割を果たすことができないと言える。

2.14節によると「アダムはだまされませんでしたが、女はだまされて過ちを犯した」とある。これは、女性は男性より騙されやすいという意味ではない。サタンは、神の創造したあるべき順序を無視し、アダムではなくエバをまず誘惑した。あるべき順序を無視する結果として罪が生まれている。創造の順序を無視して女性が教会を収める長老となれば、神が定めた自然な形から逸脱することになり、罪に陥る可能性が高まるとも言える。

よって、長老の職務に置ける、教会を収め、教会に真理を教える立場は、神が示したあるべき姿にしたがって男性のみが担うべきだとこの箇所から読み取れる。

もちろん、これは女性が教会で教えることをすべて放棄すべきだということではない。例えば、テトス2:3によると、年配の女性は若い女性を教える役割がある。しかし、男性よりも上の立場において教えることは神の順序に反すると言える。この順序が問題であり、女性の能力は問題ではない。

参考資料
https://www.desiringgod.org/books/50-crucial-questions-about-manhood-and-womanhood

女性の視点

ある女性は様々なクリスチャンの集まりで登壇した経験があり、多くのクリスチャンを励ましてきている。この女性が教会で語るとき、次のことを検討したうえで登壇するかを決めている。

  1. 場所:教会の会衆か、教会でない参加者
  2. 内容:みことばの解き明かしか、励ますための証
  3. 権限:指示しているのか、共有しているのか。つまり、参加者に公式な見解を示しているのか?
  4. 関係:個人的か、客観的意見か。参加者と個人的な関係があるのか、指示しようとしているのか?
  5. 義務:公式か、非公式。参加者は公式な見解を求めているのか?
  6. 責任:義務があるか、任意か。参加者は語られたことに従う義務があるのか?
  7. 頻度:毎回か、時々か。毎回語る必要があるのか、時々語るだけで良いのか?
  8. 成熟度:姉妹か、母親か。参加者に対して、母親として語っているのか?

語る場面が左によるようであれば、女性として語るべきでない場面だと認識している。左側の場合、教会の指導者として教え、収める傾向が含まれているため、女性としては相応しくないとこの女性は主張している。

参考資料
https://www.desiringgod.org/articles/women-teaching-men-how-far-is-too-far
https://www.desiringgod.org/articles/men-and-women-in-the-deaconate-and-in-the-service-of-communion 

女性は説教・奨励をしても良いか?

女性が長老になれないかも知れないが、女性は教会で説教や奨励をすることはできるのだろうか?ある牧師によると、長老の許可を得ていれば女性は説教や奨励をすることができると主張している。彼の主張は次の通りである。

  1. 説教・奨励のすべては教えることではない。新約聖書には他の種類の語りがある。例えば、励まし、予言、福音を伝えること。女性がこのような語りをすることは禁じられていない。
  2. 「教える」ということは、新約聖書が書かれる前の時代において、イエス・キリストの証言の一貫性を保つ働きに特化していた。
  3. 1コリント14;26,コロサイ3:16によると、教会のすべての人が互いを教え、励ます必要があり、女性もこれに含まれている。

この牧師の教会では、長老でない人が説教・奨励をするとき、事前に原稿を長老に提出し、承認された後に語ることができる。なので、権限は長老にあり、語る人はその権限の元で奉仕している。男女問わず、このプロセスにのっとって説教・奨励をしている。

しかし、パウロは「女性が長老の職務についてはならない、」と言っているだけではない。長老の職務についてはならないし、その役割をも果たしてはならないと言っている。つまり、治める権限と教える役割の両方が認められない、ということである。

また、この教会では単発的な励ましや予言が語られているのではない。事前に原稿が提出され、承認されていることから、これはれっきとした説教・奨励、つまり教えであり、コロサイ3:16や1コリント14:26にある非公式な教えとは異なる。

「教える」ということは、キリストとみことばの教えを解き明かし、公式に伝えることを指す。(1コリント12:28-29、エペソ4:11、1テモテ2:7、2テモテ3:16、ヤコブ3:1)この権限は長老に与えられていて(1テモテ5:17)、教えることによって異端と反論する役割がある。(1テモテ1:3, 10、4:1, 6、6:3、2テモテ4:1、テトス1:9, 11)これは新約聖書が書かれる前の時代に特化したことではない。

参考資料
https://www.desiringgod.org/articles/why-not-to-have-a-woman-preach

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