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1テモテ6:11~21

Discipleship Journal Reading Planに沿ってデーボションを勧め、思ったこと、感じたことを書いてみた。

この世で富んでいる人々に命じなさい。高慢にならず、不確かな富に望みを置くのではなく、わたしたちにすべてのものを豊かに与えて楽しませてくださる神に望みを置くように。 善を行い、良い行いに富み、物惜しみをせず、喜んで分け与えるように。 真の命を得るために、未来に備えて自分のために堅固な基礎を築くようにと。 テモテへの手紙一 6:17‭-‬19 新共同訳

富は悪いことなのか?ヤコブでも、富んでいる者は「旅路の途中で消える」運命にあると書いている(ヤコブ1:11)。確かにいくら稼いでも足りなく、どれほどビジネスに成功しても終わりはない。ビジネスの世界でも、ビジネスはいずれ衰退するものだと広く理解されている。よく見ると、テモテの箇所では「不確かな富」に焦点を当てている。すべてを与えてくださる神に望みを置くように勧めている。そして富自体は悪いことではないようだ。「わたしたちにすべてのものを豊かに与えて楽しませてくださる」ということは、富は楽しんで良いもだということがわかる。ただ、どのように楽しむかも言及されている。「善を行い、良い行いに冨み、物惜しみをせず、喜んで分け与える」。冨は自分たちだけが楽しむ物ではなく、分け与えて楽しむ物だ。それも惜しまず、喜んで分け与えること。義務から献金することや、先輩だから義務としておごることはできる。しかし、喜んで分け与えたときのみ、本当の喜びと楽しみを体験することができる。

ごく小さな事に忠実な者は、大きな事にも忠実である。ごく小さな事に不忠実な者は、大きな事にも不忠実である。 だから、不正にまみれた富について忠実でなければ、だれがあなたがたに本当に価値あるものを任せるだろうか。 また、他人のものについて忠実でなければ、だれがあなたがたのものを与えてくれるだろうか。 どんな召し使いも二人の主人に仕えることはできない。一方を憎んで他方を愛するか、一方に親しんで他方を軽んじるか、どちらかである。あなたがたは、神と富とに仕えることはできない。」 ルカによる福音書 16:10‭-‬13 新共同訳

富は霊的なことに直結する。仕事においては小さな仕事(文章やメール作成、顧客名簿の管理)をこなすことができれば、より大きな仕事が回ってくる可能性がある。同じように、神は私達にこの世において一部の富を預けた。その富を使ってどのように御国に貢献するか試している。この世の富に仕え、富のために生きるようであれば、いくら頑張っても満足はしないだろう。価値のないものだから。富を使って御国に〜神に〜貢献すれば、価値あるものが任される。それは仕事でより大きな影響力が与えられ、世の光・地の塩として大きく貢献できることかもしれない。もしくは、同僚に証をする機会が多く与えられることかもしれない。価値ある仕事が任されるには、責任感をもって日毎仕事をこなし、聖書を読むことによって証する機会の準備をしておく必要がある (1ペテロ3:15)。

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