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Colossians

コロサイ4:1~9

Discipleship Journal Reading Planに沿ってデーボションを勧め、思ったこと、感じたことを書いてみた。

目を覚まして感謝を込め、ひたすら祈りなさい。 コロサイの信徒への手紙 4:1 新共同訳

“私たちは肉にあって歩んではいても、肉に従って戦ってはいません。私たちの戦いの武器は肉のものではなく、神のために要塞を打ち倒す力があるものです。” コリント人への手紙第二 10章 3〜4節

つまり、ミニストリーは戦争なのです。私の心の中の信仰のための戦いは、戦争です。人の魂のために戦うことは戦争です。クリスチャン・ライフのすべての側面が戦争なのです。

ほとんどの人はこのことを信じていません。どうやって祈るように促すことができるでしょうか?信じていると言っていても、自分の人生を考えてみてください。教会では、平時の気軽さ、霊的なことに対する気軽さがあります。彼らの人生には、爆弾が落ちてくることもなく、頭上で弾丸が飛び交うこともなく、地雷を避ける必要もなく、地平線上に轟音が響くこともありません。宇宙のディズニーランドと呼ばれるアメリカでは、すべてが順調なのです。なぜ祈るのか?

信者の手の中で祈りが誤作動を起こす一番の理由は、戦時中のトランシーバーを家庭用のインターホンに変えて、メイドに枕を持ってくるように呼び出そうとするからだ。祈りは戦車用に作られている。塹壕のために作られている。戦争のために作られている。ヨットに取り付けても動かない。湖畔のキャビンでは使えない。2台目、3台目、4台目の車には使えない。

人生は戦争だと思うまでは、何のために祈りをするのか分かることはできない。

https://www.desiringgod.org/interviews/why-comfortable-christians-go-prayerless
同時にわたしたちのためにも祈ってください。神が御言葉のために門を開いてくださり、わたしたちがキリストの秘められた計画を語ることができるように。このために、わたしは牢につながれています。 わたしがしかるべく語って、この計画を明らかにできるように祈ってください。 コロサイの信徒への手紙 4:3‭-‬4 新共同訳

祈る第一の理由は、自分たちの欲を満たすことや、楽を求めるためではない。霊的な戦争における、魂の救いのための祈り。その最前線にいる福音を語る宣教師や牧師のために祈る。また、「しかるべく語る」ことができるように祈る。自分の思いや神学的スタンスを押し付けるのではなく、救いをもたらす福音を伝えるように祈る。

時をよく用い、外部の人に対して賢くふるまいなさい。 いつも、塩で味付けされた快い言葉で語りなさい。そうすれば、一人一人にどう答えるべきかが分かるでしょう。 コロサイの信徒への手紙 4:5‭-‬6 新共同訳

牧師や宣教師でなくても、一般信者にも福音を伝える義務がある。「時をよく用い」日々接している人とキリストにある人生を分かち合う。その関係から福音を伝える機会を常に見定める。知らない人に対していきなり神や魂や天国や地獄の話をしても伝わらない。私達が相手のベストを求めている、と思ってくれるほどの信頼関係が必要。また、「賢くふるまう」こと。カルトのように、ただ指導者に言われたことを信じるのではなく、自分で聖書を読んでよく考え、理論的に組み立てて話せるようにする。そうすることによって「塩で味付けされた快い言葉」を語ることができる。「味付け」は食事の魅力を引き立てるが、「塩辛い」と食べたくなくなる。キリストの福音が引き立つ言葉を語れるようになりたい。

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