仕事のモチベーション:愛を持って仕事ができるか?

エペソ6:5-9

5 奴隷たちよ。あなたがたは、キリストに従うように、恐れおののいて真心から地上の主人に従いなさい。
6 人のごきげんとりのような、うわべだけの仕え方ではなく、キリストのしもべとして、心から神のみこころを行い、
7 人にではなく、主に仕えるように、善意をもって仕えなさい。
8 良いことを行えば、奴隷であっても自由人であっても、それぞれその報いを主から受けることをあなたがたは知っています。
9 主人たちよ。あなたがたも、奴隷に対して同じようにふるまいなさい。おどすことはやめなさい。あなたがたは、彼らとあなたがたとの主が天におられ、主は人を差別されることがないことを知っているのですから。

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仕事の目的:何のために働くの?

仕事の目的とは何でしょう?何のために働くのでしょう?この問にはさまざまな答えがあります。ある人はキャリアに目標があって、それを達成するために仕事をしています。ある人は家族を養うために仕事をしています。ある人は何年か仕事をしてお金を貯めて、ある日仕事をやめてヒマラヤを登ります。この人はヒマラヤを制覇ために仕事をしているのです。これらの目標は個々の考えによって素晴らしいものですが、クリスチャンならばこれ以上の目標をもって仕事をするべきではないでしょうか?

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社会的地位の高い人に対して、どのような態度をとりますか?

社会的地位の高い人に対して、どのような態度をとりますか?エルサレムに初代教会ができた時代は差別の時代でした。社会的地位の高い人、すなわち祭司(パリサイ人やサドカイ人)や大金を宮に寄付するものが尊ばれ、貧しい人、病気のある人、または孤児ややもめが厄介扱いされていました。この社会のなごりで、初代教会も差別をするようになってしまいました。ヤコブはこういった状況を問題とし、このヤコブの手紙を初代教会に送りました。

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イエスはただの宗教的な教師?

イエスはただの宗教的な教師でしょうか?確かに、マルコ4章の前半では、イエスは民衆に神の御国の話をしていました。当時の人々には「神の御国」というのはイスラエルのことだと理解していたので、イエスの話している「神の御国」のことは完全に理解できていませんでした。それでもイエスは民衆が分かるようにたとえ話だけを使って語ったと33節に書いてあります。こういう訳で、民衆はイエスのことをエリヤとヨハネに続く「大預言者」、または「偉大な宗教的な教師」とたたえていました。

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