なぜキイエスを信じるべきなのか?

1:10 またこう言われました。「主よ。あなたははじめに地の基を据えられました。天も、あなたの御手のわざです。
11 これらのものは滅びます。しかし、あなたはいつまでもながらえられます。すべてのものは、衣のようにすり切れます。 14 御使いはみな、奉仕する霊であって、救いを受け継ぐことになる人々に仕えるために遣わされているのではありませんか。

へブル1:6~14

へブル人への手紙の著者は一章で、イエスが天使より勝っていることを綴っています。天使たちはイエスにひれ伏し、仕える者たちとされました。(6節) その一つの理由は、イエスが天と地を創造した方だからです。創世記で見られるように、創造された世界は「とても良い」物でした。しかし、罪のせいで地は呪われ、滅びるものとなってしまいました。それでもイエスはいつまでもこの世を治める者とされています。(11節) この世はいずれ無くなり新しい天と地が創られますが、イエスは今も今後も治める方として神の「右の座に着いて」います。(13節) この世と天使たちを治めているイエスは、イエスの救いを信じた人々に天使を仕わします。(14節) イエスは罪の代価を払って下さっただけでなく、救われた後も私たちを保って下さっています。それほどまでイエスは私たちを愛して下さり、同じ相続人として尊厳を与えて下さいます。

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生きることはキリスト

2:14 すべてのことを、不平を言わずに、疑わずに行いなさい。15 それは、あなたがたが、非難されるところのない純真な者となり、また、曲がった邪悪な世代のただ中にあって傷のない神の子どもとなり、16 いのちのことばをしっかり握り、彼らの間で世の光として輝くためです。

ピリピ人への手紙2章14-16節

パウロは、ピリピ教会宛ての手紙の中で、イエス・キリストがへりくだった事を書いています。イエスは神でありながら、その身分を捨て、人間となってこの世に来てくださいました。さらに、十字架での死にまで従いました。(2:6-8)だからこそ私たちは「自分の救いを達成する」ために務める事を進められています。(2:12)これは、救いを証明するための務めではなく、救いを完成させるために「前に身を伸ばし・・・目標に向かって走る」という意味です。(3:13-14)その一貫として、「すべてのことを、不平を言わずに、疑わずに行いなさい」と勧めています。(2:14)これは「ぶつぶつ言わずに」とも訳せます。つまり、やるべき事を誠実に、正しい態度を持って行うべきです。この世では報酬を受け取るために良い行いをする人がほとんどですが、聖書による良い行いをする動機は、イエスがして下さったことに感謝していることです。このような生き方を通して、私たちは「世の光として輝く」のです。(2:16)

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本当に満たされるには

5 私の敵をよそにあなたは私の前に食卓を整え頭に香油を注いでくださいます。私の杯はあふれています。6 まことに私のいのちの日の限りいつくしみと恵みが私を追って来るでしょう。私はいつまでも主の家に住まいます。

詩篇23:5-6

ダビデは、神を自身の羊飼いとして信頼していました。死の影の谷を歩むことがあっても、主がともに歩んでくださることを信じていました。敵は常に近くにいましたが、その敵は彼に何もすることができませんでした。逆に、神はダビデに食卓を用意し、香油を注ぎました。(5節) この「注ぐ」という言葉は「太らせる、満足させる」という意味もあります。それほどダビデは満たされており、祝福が溢れ出ていました。しかし、重要な点は、ダビデはこの祝福が何処から来ていかを生涯忘れなかったことです。その証拠に、いつまでも主の家に住むことを宣言しています。(6節) 「一つのことを私は主に願った。それを私は求めている。私のいのちの日の限り主の家に住むことを。主の麗しさに目を注ぎその宮で思いを巡らすために。」(詩篇27:4) 神を求め、神のことに思いを巡らすことがダビデを満たしていました。それゆえ、ダビデは神の「心にかなった者」だとされたのです。(使徒13:22)

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苦しみの中で仕える

1 キリストは肉において苦しみを受けられたのですから、あなたがたも同じ心構えで自分自身を武装しなさい。肉において苦しみを受けた人は、罪との関わりを断っているのです。2 それは、あなたがたが地上での残された時を、もはや人間の欲望にではなく、神のみこころに生きるようになるためです。3 あなたがたは異邦人たちがしたいと思っていることを行い、好色、欲望、泥酔、遊興、宴会騒ぎ、律法に反する偶像礼拝などにふけりましたが、それは過ぎ去った時で十分です。10 それぞれが賜物を受けているのですから、神の様々な恵みの良い管理者として、その賜物を用いて互いに仕え合いなさい。 11語るのであれば、神のことばにふさわしく語り、奉仕するのであれば、神が備えてくださる力によって、ふさわしく奉仕しなさい。すべてにおいて、イエス・キリストを通して神があがめられるためです。この方に栄光と力が世々限りなくありますように。アーメン。

1ペテロ4:1-3, 10-11

ペテロは3章の後半で、キリストは私たちの罪の為に苦しみを受け、私たちを神に導いて下さったと書いています。その流れて、4章で私たちに罪と戦うことを促しています。過去の私たちは欲望のために生き、神を全く考えない生活をしていました。同じように、未信者も今なお放蕩に走っており、私たちがそうしないのを不思議に思っています。(4節) 私たちは、彼らに中傷され、自分自身の欲望に誘惑され、苦しみます。

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神を恐れて生きる

8 最後に言います。みな、一つ思いになり、同情し合い、兄弟愛を示し、心の優しい人となり、謙虚でありなさい。9 悪に対して悪を返さず、侮辱に対して侮辱を返さず、逆に祝福しなさい。あなたがたは祝福を受け継ぐために召されたのです。15 むしろ、心の中でキリストを主とし、聖なる方としなさい。あなたがたのうちにある希望について説明を求める人には、だれにでも、いつでも弁明できる用意をしていなさい。16 ただし、柔和な心で、恐れつつ、健全な良心をもって弁明しなさい。そうすれば、キリストにあるあなたがたの善良な生き方をののしっている人たちが、あなたがたを悪く言ったことを恥じるでしょう。17 神のみこころであるなら、悪を行って苦しみを受けるより、善を行って苦しみを受けるほうがよいのです。

1ペテロ3:8-9, 15-17

ペテロは地方に散らされた信徒たちに励ましの手紙を書いていました。1章では、キリストの蘇りによる生きた望みを伝え、聖なる神の民として生きるように勧めています。2章では、選ばれた民として上に立つものを敬うことを教えています。3章では、お互い謙虚であるように勧めています。それは、夫婦にも大きく関係しており(1-7節)、妻は夫に従い、夫は妻を尊敬することが書かれています。その目的は、神を恐れる生き方と、いのちの恵みをともに受け継ぐこと示すことです。

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外見上のクリスチャンと本物のクリスチャンの2種類がいますか?

ローマ2:28~29

28 外見上のユダヤ人がユダヤ人なのではなく、外見上のからだの割礼が割礼なのではありません。
29 かえって人目に離れたユダヤ人がユダヤ人であり、文字ではなく、御霊による、心の割礼こそ割礼です。その誉れは、人からではなく、神から来るものです。

見た目だけのクリスチャンに会ったことはありませんか?毎週教会に行って、ちゃんと献金して、教会で奉仕しています。一見堅実なクリスチャンに見えますよね?でも、教会から一歩出れば人が変わったようです。人が間違えを犯したら赦しません。会社では新人に強く当たります。家族と過ごす時間はほとんどなく、仕事や自分の趣味にだけに没頭します。果たして、これは本物の「クリスチャン」でしょうか?

今日の聖書箇所では、見せかけのクリスチャンと、本物のクリスチャンを見分けます。

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福音の聞いた事のない日本人が神の怒りを受けるのは可哀想ですか?

質問 福音の聞いた事のない日本人が神の怒りを受けるのは可哀想ですか?

ポイント 神の怒りはユダヤ人も異邦人も全ての人に下る

聖書箇所 ローマ1:18〜19

前回私たちはローマ1章から、福音はユダヤ人をはじめギリシャ人(すなわち、私たち)にも与えられたことを読みました。ここで疑問に思うのは、もしこの福音を聞いたことが無い人がいたらどうなるのでしょうか?神がこの人を裁くのは正しいことなのでしょうか?このテーマを考えていきたいと思います。

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福音を伝えることに興味がありますか?

ローマ書1:16~17

16 私は福音を恥とは思いません。福音は、ユダヤ人をはじめギリシャ人にも、信じるすべての人にとって、救いを得させる神の力です。
17 なぜなら、福音のうちには神の義が掲示されていて、その義は、信仰に始まり信仰に進ませるからです。「義人は信仰によって生きる」と書いてあるとおりです。

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仕事のモチベーション:愛を持って仕事ができるか?

エペソ6:5-9

5 奴隷たちよ。あなたがたは、キリストに従うように、恐れおののいて真心から地上の主人に従いなさい。
6 人のごきげんとりのような、うわべだけの仕え方ではなく、キリストのしもべとして、心から神のみこころを行い、
7 人にではなく、主に仕えるように、善意をもって仕えなさい。
8 良いことを行えば、奴隷であっても自由人であっても、それぞれその報いを主から受けることをあなたがたは知っています。
9 主人たちよ。あなたがたも、奴隷に対して同じようにふるまいなさい。おどすことはやめなさい。あなたがたは、彼らとあなたがたとの主が天におられ、主は人を差別されることがないことを知っているのですから。

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仕事の目的:何のために働くの?

仕事の目的とは何でしょう?何のために働くのでしょう?この問にはさまざまな答えがあります。ある人はキャリアに目標があって、それを達成するために仕事をしています。ある人は家族を養うために仕事をしています。ある人は何年か仕事をしてお金を貯めて、ある日仕事をやめてヒマラヤを登ります。この人はヒマラヤを制覇ために仕事をしているのです。これらの目標は個々の考えによって素晴らしいものですが、クリスチャンならばこれ以上の目標をもって仕事をするべきではないでしょうか?

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