神を恐れて生きる

8 最後に言います。みな、一つ思いになり、同情し合い、兄弟愛を示し、心の優しい人となり、謙虚でありなさい。9 悪に対して悪を返さず、侮辱に対して侮辱を返さず、逆に祝福しなさい。あなたがたは祝福を受け継ぐために召されたのです。15 むしろ、心の中でキリストを主とし、聖なる方としなさい。あなたがたのうちにある希望について説明を求める人には、だれにでも、いつでも弁明できる用意をしていなさい。16 ただし、柔和な心で、恐れつつ、健全な良心をもって弁明しなさい。そうすれば、キリストにあるあなたがたの善良な生き方をののしっている人たちが、あなたがたを悪く言ったことを恥じるでしょう。17 神のみこころであるなら、悪を行って苦しみを受けるより、善を行って苦しみを受けるほうがよいのです。

1ペテロ3:8-9, 15-17

ペテロは地方に散らされた信徒たちに励ましの手紙を書いていました。1章では、キリストの蘇りによる生きた望みを伝え、聖なる神の民として生きるように勧めています。2章では、選ばれた民として上に立つものを敬うことを教えています。3章では、お互い謙虚であるように勧めています。それは、夫婦にも大きく関係しており(1-7節)、妻は夫に従い、夫は妻を尊敬することが書かれています。その目的は、神を恐れる生き方と、いのちの恵みをともに受け継ぐこと示すことです。

また、キリストのように正しいことをして苦しみを受けることを肯定しています。神は正しい人たちの上にあるので(12節)、神は必ず正しい方向へと導きます。苦しむことがあっても、人ではなく神を恐れ、信じるべきです。また、何故この希望があるか弁明できるようにすべきです(15節)。そうすれば、敵は自然と恥をしり、願わくは神を知ることにもなるでしょう(16節)。

聖なる神の民として生きることは、神を恐れることから始まります。夫婦はお互いが神から命を頂いた尊い人だと見ることができれば、より相手を尊敬(愛)することができるでしょう。夫婦関係の定義を造り替えようとしている世の中で、聖書にある夫婦関係を再度見直すきっかけとなるかも知れません。

苦しみは生きていれば日々受けます。ですが、その苦しみの中でいかに神を信頼しているかが私たちの態度を決めます。自分では仕事をしないのに、押し付けてくる上司は、神はいつ正すのか?そればかり考えると怒りしかこみ上げませんが、希望に焦点を当てましょう。また、聞かれた時に希望を弁明できるようにしておきましょう。希望を弁明できるほど理解できれば、苦しみはいずれ喜びに変わっていきます。

ディスカッション

  1. 「一つの思いになり、同情し合い、兄弟愛を示し・・・」は誰に向けて示すべきだと思いますか?
  2. 苦しみの中で、私たちは何故希望を見出すことができると思いますか?
  3. 神を恐れ、恵みと共に受け継ぐことを理解すると、人間関係(特に夫婦関係)はどう変わると思いますか?
  4. 私たちが持っている希望を弁明する機会があるとしたら、どのように弁明しますか?

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