仕事の目的:何のために働くの?

仕事の目的とは何でしょう?何のために働くのでしょう?この問にはさまざまな答えがあります。ある人はキャリアに目標があって、それを達成するために仕事をしています。ある人は家族を養うために仕事をしています。ある人は何年か仕事をしてお金を貯めて、ある日仕事をやめてヒマラヤを登ります。この人はヒマラヤを制覇ために仕事をしているのです。これらの目標は個々の考えによって素晴らしいものですが、クリスチャンならばこれ以上の目標をもって仕事をするべきではないでしょうか?

まず、仕事は神から与えられたものだということを確認しましょう。

神である主は東の方エデンに園を設け、そこに主の形造った人を置かれた。
神である主は人を取り、エデンの園に置き、そこを耕せ、またそこを守らせた。

創世記2:8,15

神は地球を造り、太陽を造り、海や陸を造り、動物を造り、最後に人間を造りました。神は人間を特別な存在としました。その証拠に「神は人をご自身のかたちとして創造され」ました。さらに、「その鼻にいのちの息を吹き込まれ」ました。そして、「すべての生き物を支配」するように命じ、これらを食物として与えました。その特別な存在に、神は「好きなことをしなさい」とは言っていません。実際に仕事と目的を与えました。それは、エデンの園で地を耕し、そこを守ることでした。一つ確認しておきたいことは、仕事は神から与えられた尊いもだということです。エデンの園での出来事は世界が罪に犯される前の出来事ですから、神に与えられた仕事をすることは良いことです。罪の罰ではありません。ですが、罪があるからこそ仕事は大変に思い、時には意味がないように感じるかもしれません。

では、罪のある世の中で、どうやって仕事に目的を見出せるでしょうか?

(22)奴隷たちよ。すべてのことについて、地上の主人に従いなさい。人のごきげんとりのような、うわべだけの仕え方ではなく、主を恐れかしこみつつ、真心から従いなさい。(23)何をするにも、人に対してではなく、主に対してするように、心からしなさい。(24)あなたがたは、主から報いとして御国を相続させていただくことを知っています。あなたがたは主キリストに仕えているのです。

コロサイ3:22~24

1.主人に従う

長く仕事をしていると理不尽な上司に悩まされるでしょう。自分のやりたくない仕事を押し付けてきたり、手柄を独り占めしたりする上司もいます。ですが聖書にはあえて、「地上の主人に従いなさい」と書いてあります。もちろん、私たちはまず神に従うのですから、神の意思に反することはできません。ですが、そうでないことに関しては上司に従うことを心がけるべきです。それも、上司が見ているときに、ご機嫌をとるためにするのではありません。「真心から」従うのです。こうして、見ていないところでも従っているのを神は見ていて、必ず報いを与えてくださいます。地上の主人に従うことができれば、なおも神に従うことができるでしょう。

2.主に対してする

「人に対してでないく、主に対してする」。これが鉄則です。人に対して仕事をしていると疲れやすいと思いませんか?上司が新しくなったら、その新しい上司の機嫌をとるために仕事のスタイルを変える必要があります。周りの人に喜んでもらうように仕事をすると、対立しあう人たちの間に挟まれて翻弄されます。でも神に対して仕事をすれば、他人の心配をする必要はありません。与えられた仕事をしっかりと丁寧にやり、正しい事をするように心がければ良いのです。また大事なのは「心から」これをすることです。クリスチャンはただ正しいことをするのではなく、神を感謝する心があるから正しいことをするのです。

3.報いは御国

「御国を相続」すると言われてもピンと来ませんよね?イエスはしょっちゅう御国の話をしていました。当時の人たちは、未来に救世主が現れてローマの支配から開放してくれると思っていました。ある意味正しいです。イエスはいつか新しい天と地を造って下さり、罪の支配から完全に開放して下さり、その罪の無い世界で私たちと共にいてくださいます。この未来の出来事はクリスチャンにとって大きな励ましです。仕事でどんなに虐げられても、周りにどんな悪口を言われても、私たちはイエスに仕えているのだから、必ず御国の報いがあります。仕事において、人生においてこれ以上の慰めはあるでしょうか?仕事での成功よりもイエスに仕えることが本当の喜びです。

仕事の目的とは何でしょう?何のために働くのでしょう?仕事は神から与えられた尊いものです。私たちは心から神に対して仕事をし、御国である報いを求めましょう。そうすれば、仕事において本当の喜びが与えられるでしょう。