噂話や悪口に魅かれてしまうことはありますか?

ヤコブ3:3〜6
(3)馬を制するために、くつわをその口にかけると、馬のからだ全体を引き回すことができます。
(4)また、船を見なさい。あのように大きな物が、強い風に押されているときでも、ごく小さなかじによって、かじを取る人の思いどおりの所へ持って行かれるのです。
(5)同様に、舌も小さな器官ですが、大きなことを言って誇るのです。ご覧なさい。あのように小さい火があのような大きい森を燃やします。
(6)舌は火であり、不義の世界です。舌は私達の器官の一つですが、からだ全体を汚し、人生の車輪を焼き、そしてゲヘナの火によって焼かれます。

これまで私たちはヤコブ書から、救って下さった神様に感謝する形として良い行いをすることを学んできました。3章では言葉に関することが書かれています。

今日の3~6説では、舌すなわち言葉はどのような影響を及ぼすかが書かれていますが、その背景は1~2説で確認できます。
1節 「私の兄弟たち。多くの者が教師になってはいけません。ご承知のように、私たち教師は、格別きびしいさばきを受けるのです。」
要は、3~6説に書かれている言葉の影響は教師によるものです。教師は聖書を正しく理解し、人々に伝える大役を負っています。教師が語ることは聞いている人たちの霊的な成長を影響する力があります。もし教師が間違ったことを教えているなら多くの人に影響を及ぼします。なので2説によると教師は「からだ全体もりっぱに制御」することが求められています。

もちろん、全員が教師にならなくても、私たちには霊的な成長が求められています。
1ペテロ2:2 「生まれたばかりの乳飲み子のように、純粋な、みことばの乳を慕い求めなさい。それによって成長し、救いを得るためです。」
この成長の過程で、教師でないものたちにもキリストのようになる義務があり、体の制御が求められます。それはどうやってするのでしょうか?

(3)馬を制するために、くつわをその口にかけると、馬のからだ全体を引き回すことができます。
(4)また、船を見なさい。あのように大きな物が、強い風に押されているときでも、ごく小さなかじによって、かじを取る人の思いどおりの所へ持って行かれるのです。

体を制御するには舌を制御する必要があります。馬を制するためにくつわを使います。船の行く先を定めるにはかじをとります。同じように、私たちの語る言葉を制御することによって、体全体の行いや行く先を制御することができます。

これは、ただ悪い言葉を避けるだけではありません。良い言葉を語る必要もあります。
エペソ4:29 「悪いことばを、いっさい口から出してはいけません。ただ、必要なとき、人の徳を養うのに役立つことばを話し、聞く人に恵みを与えなさい。」
もちろん、悪いことばは避けるべきです。その代わりに、人の徳を養うことば、人を元気づけることば、神をたたえることばを語るべきです。


マタイ15:18 「しかし、口から出るものは、心から出ます。それは人を汚します。」
いくら語る言葉を気をつけても、心が神に向いていなければ、自然に悪いことばが出てきます。その心をどのように神に向ければ良いでしょうか?
ローマ12:21 「悪に負けてはいけません。かえって、善をもって悪に打ち勝ちなさい。」
つまり、善のみなもとである神様と過ごす時間を毎日作りましょう。聖書を毎日読んで祈りましょう。みことばを暗記して心に蓄えましょう。神の恵みや愛について日々考えましょう。そうすれば、神は私たちの心を新しくして、結果的に口から出るものは良い言葉になります。

(5)同様に、舌も小さな器官ですが、大きなことを言って誇るのです。ご覧なさい。あのように小さい火があのような大きい森を燃やします。
(6)舌は火であり、不義の世界です。舌は私達の器官の一つですが、からだ全体を汚し、人生の車輪を焼き、そしてゲヘナの火によって焼かれます。

舌は自分だけでなく他人をも大きく影響します。小さい火が大きい森を燃やすように、私たち(特に教師)の語る言葉は人に大きな影響を及ぼします。もし私たちが聖書の言葉を間違って語ったとしましょう。それが救いに関することだとその人の人生を狂わし、ゲヘナ(地獄)へと導いてしまいます。一番分かりやすい例はエホバの証人やモルモン教です。これらの宗教は個人の働きによって後世で祝福されると教えています。この教えは信者を洗脳し、本当の福音から遠ざけてしまいます。結果的に彼らは永遠の滅びに向かってしまいます。私たちは福音を正しく理解して伝える必要があります。それは、「恵みのゆえに、信仰によって」救われることです。
エペソ2:8~9 「それは、自分自身から出たことではなく、神からの賜物です。行いによるものではありません。」

教師も人間であり罪があります。なので、教師も間違ったことを教えてしまうかもしれません。なので、教師でない方は教わっている事をみことばで確認しましょう。全て言われていることが正しいと信じるのではなく、自分で聖書を読み、聖霊により頼み、教わっていることを吟味しましょう。
1テサロニケ5:21 「すべての事を見分けて、ほんとうに良いものを堅く守りなさい。」

2節 「もし、ことばで失敗をしない人がいたら、その人は、からだ全体もりっぱに制御できる完全な人です。」
私たちが神を感謝する形として良い行いをしましょう。悪いことばを出さず、人の徳を養うことばを語りましょう。